COLUMNコラム
クロスボーダーM&Aについて
2026.6.17
近時は国内M&Aが増加傾向にあり、社会一般にもM&Aに対する認識・知識は上昇したように思われる。ところが国外M&A(クロスボーダーM&A、以下「CB M&A」という)については、その重要性は認識されているものの、その難しさ(単なる国内M&Aの延長ではない)については必ずしも認識されていないように思われる。
この点、CB M&Aの難しさは、「法律・会計・税務的な難しさ」と「文化的難しさ」の両点にあるように思われるため、以下具体例を挙げて説明していきたい。
第一に、法的難しさという意味では、会社法・独禁法といったM&Aでお馴染みの法令に加え、準拠法及び裁判管轄の点に留意が必要である。これはクロージング後に買手・売手間でトラブルが生じた場合、どの国の法律に基づき、どの国の裁判所で裁かれるかを決定する要素となる。この点、一般的には、各自が自国の法律に基づいて自国の裁判所で裁かれることを希望する(心理的安全性を考えると当たり前の帰結である)。もっとも、例えば日本国の裁判所で勝訴判決が下されても、当該判決に基づいて、相手国で直ちに執行できるわけではない。これは、日本国の裁判所の判決に基づき相手国で強制執行を行うことは、日本国の判断が相手国の判断・テリトリーを侵害すること、すなわち主権侵害の問題に直面するからである。そのため、実際に他国で強制執行を行うために、①当該国家において日本の裁判所が下した判決を承認する旨の判決(承認判決)を取得した上で、執行手続に移るか、②最初から国際仲裁手続を利用することが考えられる。
ちなみに日本の法律では、(ⅰ)民事訴訟法第118条において「外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。
①法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること。
②敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。
③判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。
④相互の保証があること。」と規定するものの、
(ⅱ)執行できるかどうかについて、民事執行法第24条1項は「外国裁判所の判決についての執行判決を求める訴えは、債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所が管轄し」という二段階の規定を設けている(※1)。

第二に、各国においては日本の法慣習からは想定しづらい制度も多数設けられている。
例えば、米国では陪審制度が設けられていることは有名な話であるが(※2)、その前提となる事実整理段階では、(日本の文書提出命令よりも広範な)ディスカバリー(※3)に基づく証拠開示手続が設けられている(※4)。
また当該証拠開示手続と両輪を形成する制度としては、秘匿特権(Attorney-Client Privilege)が存在する(※5)。このような制度の由来は、コモン・ローに基づくものであり、裁判所の命令に反した場合には、証拠開示上の制裁に加え(FRCP 37)、法廷侮辱罪に問われる可能性がある(※6)。
このような外国特有の紛争制度は、CB M&Aにおいても当然重要な概念である。何故ならば、(米国における)CB M&Aに基づく紛争が生じた際にも、相手方から米国で訴訟が起こされた場合には、ディスカバリー対応も必要になるし、その際、対応を誤ると前記のような制裁リスクが存在するばかりか、外部との安易なコミュニケーションが秘匿特権の放棄にも繋がる可能性があるからである。
従って各国の制度を理解するにあたっては、現地の法律事務所の協力もさることながら、各国の歴史的所以にも配慮が必要である。

第三に、クロージング後に行われるPMI(Post Merger Integration)との関係では、各国の文化・慣習に関する留意が必要であり、その点を誤るとモチベーションの低下や離職に繋がりかねない。例えば、イスラム教においては一日に5回の礼拝が必要であるため(※7)、そのための宗教施設に対する配慮も必要となるのは有名な話であるし、その他のイスラム教上の慣習にも理解が必要である(※8)。ところで日本人からすると、「宗教が原因で紛争が起きるなら、宗教に過度に依存しなければいいのではないか」との意見がでることもある。しかしながら、このような意見も多様性の観点からは再考が必要となる(※9)。そもそも宗教は、超神秘的な存在への信奉に限らず、信者の人生上のルール(規範であり、正当化根拠であり、処罰根拠でもある)を示すものある。多くの国では(その程度は別として)今でも宗教的規範は人々の生活に影響を及ぼしており(※10)、日本が戦後の変化(日本国憲法第20条3項参照(※11))を経て特に宗教と政治との関係に距離を置いている点に留意が必要である。
以上をまとめると、CB M&Aには当然ながら(国内とは異なる)知識と経験が必要だが、それと同等に、多文化に対する興味が重要となる。エスノセントリズム(自民族中心主義)も一つのあり方ではあるが(※12)、他方で、文化相対主義への理解、平たくいえば、海外の人々・文化・経済・政治等に対する興味関心(及びそれに基づき組織設定)もまた重要ではなかろうか。
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■1 詳細は、中野貞一郎・下村正明『民事執行法〔改訂版〕』青林書院(2021年)186頁参照のこと。
■2 合衆国憲法修正第7条は「コモン・ロー上の訴訟において、訴額が20ドルを超えるときは、陪審審理を受ける権利は維持される。陪審が認定した事実は、コモン・ロー上の準則による場合を除き、合衆国のいかなる裁判所もこれを再び審議してはならない。」と規定する。丸山 英二(神戸大学)「合衆国憲法日本語抄訳」 https://www2.kobe-u.ac.jp/~emaruyam/law/faculty/2019/191023USConstitution.pdf参照のこと。
■3 詳細は、連邦民事訴訟規則(Federal Rules of Civil Procedures)第26条以下参照のこと。
■4 日本にも、同様の規定を設けるかの議論は存在するが、文化的差異に加えて、中小企業の負担を考慮して実現されるに至っていない。詳細は、商事法務「証拠収集手続の拡充等を中心とした民事訴訟法制の見直しのための研究会」公益社団法人商事法務研究会 https://www.shojihomu.or.jp/list/shoko-minso参照のこと。
■5 条文については、連邦証拠規則(Federal Rules of Evidence)第502条(g)(1)参照のこと。
■6 なお日本において秘匿特権を導入するかは様々な議論があるが(一部の類似の制度を除いて)導入されるに至っていない。独禁法上の判別手続については、木目田裕・平尾覚・八木浩史「独禁法上の判別手続に関する留意点」N&Aニューズレター、西村あさひ法律事務所・外国法共同事業(2020年12月3日)https://www.nishimura.com/ja/knowledge/newsletters/20201203-35646参照のこと。
■7 例えば、「イスラム教について」一般社団法人日本ハラールビジネス協会 https://jhba.jp/halal/islam/参照のこと。
■8 例えば、イスラム教が厳格な国家では、金利を収受してはいけないので、イスラム・ファイナンスにも留意が必要である。
■9 多様性への配慮は人権侵害の防止等の観点からも重要であると共に、先行きが見通しにくい今日においては形式を具備することに終始せず、Integrity 等を踏まえた実質面に配慮すべきとの意見も聞かれる。
■10 イギリスではイギリス国教会が存在するし(首長法参照)、ドイツでは宗教的記念日が休日となっている例が存在する。例えば、「ドイツの祝日」ドイツ連邦共和国大使館・総領事館ウェブサイト https://japan.diplo.de/ja-ja/themen/willkommen/feiertag-951056参照のこと。
■11 「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」と規定する。
■12 この点に関する参考資料としては、例えば、「エスノセントリズムを乗り越える 立命館が目指す国際教育とは」東洋経済オンライン(立命館大学タイアップ記事)https://toyokeizai.net/sp/ritsumeikan-rpg/参照のこと。
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