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COLUMNコラム

コラム:変化する世界情勢

2025.4.24

1.始めに

2025年4月現在、米国のトランプ大統領の関税(tariff)に関する発言は、世界経済に動揺を与え、日本企業にとっても人ごとではない(※1) 。現に帝国データバンクの記事によると、関税率が24%の場合は実質GDP成長率は従来予測より0.5ポイント低下し、10%維持された場合でも0.3ポイント低下すると予測される(※2) 。
他方で関税政策は、大統領選挙の時から、公約として掲げられてきたものである(※3) 。
では、トランプ大統領のディール政策がこれで終焉するかは、誰にも予測がつかない状態にある。例えば、ロイターは2025年4月4日の記事において「金融の中心地があり基軸通貨を発行する国の統治者として、トランプ氏にはクレジットカード、外国銀行へのドル供給など、切り札はまだある」と記載している(※4) (なお、これらの点を詳細に記載した文献としては、ヘンリー・ファレル及びアブラハム・ニューマンの共著による『武器化する経済~アメリカはいかにして世界経済を脅しの道具にしたのか』(日経BP、2024年)が存在する。)し、同じくロイターの2025年4月20日の記事でもドル高移行の通貨政策が議論されている(※5) 。大事なことは、これらの問題はグローバリズムから端を発している問題であるということである。

 

2.冷戦の終結とグローバリズム

1947年以降、世界は「冷戦」と呼ばれる状態に陥り、米国を中心とする資本主義陣営とソ連を中心とする社会主義陣営に分かれて対立してきた。ところが、冷戦が終結し、事実上、資本主義陣営が勝利を収めると、世界は資本主義を中心とする経済運営に変化してきた。資本主義は、利益を求める性質上、効率的に売上を拡大し、コストを削減するにはどうしたらいいか、という検討が各国・各企業においてなされた。その結果、国境を越えた取引が増加し、各企業は生産拠点をコストの低い地方に移転することになった(いわゆるグローバリズムの成果である(※6) 。)。
もっとも生産拠点の移転は、今まで生産拠点であった国の雇用を奪うものである。特に米国においてはラストベルト等の雇用が失われたとされる(※7) 。また、グロ-バリズムは各国における経済的格差を拡大させていった。その結果、2021年時点の資料によると、全人口のトップ10%が富の75.6%を占有している状態にあるとされる (※8) (なお、日本においてもジニ係数は拡大しているとされる(※9) )。
そうなると、グローバリズムによって仕事を失われたと感じる人々は、当然のことながら、既存勢力に対する投票を忌避する。これがトランプ大統領再選の1つの理由でもある(※10) 。

 

3.将来への禍根

ここで問題なのは、トランプ大統領の政策を批判したところで、この経済格差に関する問題は直ちには解決しないという点である。すなわち、トランプ大統領の支持が仮に下がったとしても、経済格差が解消しない以上、格差を理由としたディール政策は再燃する可能性がある(※11) 。
そのため、この問題の背景には、第一に経済格差を解消する必要があるかどうかの問題が存在し(※12) 、第二に仮に必要があるとして経済格差を解消できるかという問題が存在する(※13) 。
しかしながら、「割れた卵を元に戻すのが難しい」のと同様に、複雑に絡み合った相互依存の経済状態を断絶することは容易い問題ではない(※14) 。加えて、トランプ政権が反対勢力に批判的な対応をとることは、反対勢力による将来における報復措置の可能性も秘めている(※15) 。
また、米国において「法の支配」 (※16) という考え方が失われていると批判するのは簡単である。確かに、そこで言う「法の支配」が1945年以降の国際協力体制を前提とするものであれば、その意義は失われつつあるが、他方で、米国は1917年以前は孤立主義を採用していたものであり、且つ、次期政権においてもどのような混乱が生じるかは定かでない(※17) 。

 

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■1  例えば、日本経済新聞「自由貿易の旗手・米国、突然の「鎖国」宣言 戦後秩序に転機」(2025年4月7日)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN04E4I0U5A400C2000000/?n_cid=NMAIL007_20250407_A参照のこと。

■2  詳細は、帝国データバンク「トランプ関税が日本経済に与える影響」(2025年4月16日)https://www.tdb.co.jp/report/economic/20250416-trumptariffs/?mkt_tok=MDYwLVZUQS0wNTcAAAGZ9FBgD-5ccVtIpC74hZh1blqLsFsHLDsb_tlhaG9VD1rhi5RZxd3GnCPjUNV1QJS-fh3HfVttnjZsuukDW-kuLjONZk35oXyt0Khy-CgikxQ8gw参照のこと。
■3  例えば、JETROの記事は「トランプ氏は2024年の大統領選挙期間中から、全世界からの輸入に一律関税を課すベースライン関税や、米国に輸出する国がある製品に対して課している関税率と同じ関税率を米国輸入時にも課す相互関税の導入を訴えていた」と記載する。詳細は、「トランプ米大統領、世界共通関税と相互関税課す大統領令を発表」(2025年4月3日)https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/04/30ae3500e08d0bfa.html参照のこと。
■4  詳細は、ロイター「焦点:関税の次は金融か、トランプ氏の次の一手に戦々恐々の同盟国」(2025年4月4日)https://jp.reuters.com/opinion/forex-forum/IVBPBLYWGNI4HM3SWWDVO3UZTE-2025-04-04/参照のこと。
■5  詳細は、ロイター「『マールアラーゴ合意』に現実味はあるか、日米交渉の行方を占う」(2025年4月20日)https://jp.reuters.com/opinion/forex-forum/FOYQACUORBKRFNMGLBIP6QI3BM-2025-04-18/参照のこと。

■6  グローバリズムの背景にある新自由主義的理念と「株主第一主義」との考え方は親和性があると考えられるが、リーマンショックの反省や近時の日本における株主権の在り方については見直しが必要との意見も存在する。例えば、神田秀樹著『会社法入門 第三版』(岩波新書、2023年)281頁は、「日本の会社法でも株主第一主義などとはどこにも書いていない」と記載される。その他の文献としては、武井一浩編著『最新・ガバナンスを見る眼』(商事法務、2025年)参照のこと。なお、経済産業省の動向については日本経済新聞「狙われる日本企業、経産省が探す守護神」(2025年4月21日)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA186YK0Y5A410C2000000/参照のこと。
■7  例えば、Michael Beckley“The Age of American Unilateralism How a Rogue Superpower Will Remake the Global Order”(2025年4月16日)https://www.foreignaffairs.com/united-states/age-american-unilateralismは、2000年から2020年の間に、米国の工業生産高(半導体を除く)は10%近く減少し、工場の雇用の3分の1が消滅したとする。
■8  詳細は、三尾幸吉郎「世界の貧富格差、その現状・特徴と経済成長との関係」(ニッセイ基礎研究所、2022年1月21日)https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=69943?pno=2&site=nli参照のこと。
■9  詳細は、厚生労働省「OECD主要国のジニ係数の推移」https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/17/backdata/01-01-03-01.html参照のこと。
■10  詳細は、三菱総合研究所「トランプ2.0の米国・世界経済への影響と日本に求められる備え」(2025年1月1日)https://www.mri.co.jp/knowledge/opinion/2025/202501_2.html参照のこと。同資料においては、中国の台頭による相対的な米国国力の低下とグローバリゼーションの下で進んだ製造業の衰退が米国政策の潮流として記載されている。
■11  例えば、副大統領の生い立ちについては、J・D・ヴァンス著、関根光宏・山田文訳『ヒルビリー・エレジー』(光文社、2017年)参照のこと。
■12  興味深いことにトランプ政権を批判するリベラル派においても、経済格差はやむを得ないと考える人々も存在する。

■13  経済格差発生の原因を制度論に求める見解としては、例えばトマ・ピケティ『21世紀の資本』(みすず書房、2014年)参照のこと。なお同書では、1940年以降特殊な要因によって格差が縮小したにもかかわらず、1980年代以降再び格差が拡大傾向にあるとする(33頁参照)。
■14  詳細は、ブラッド・セッツァー「脱グローバル化という危険な神話-グローバル経済の真の姿」https://www.foreignaffairsj.co.jp/articles/202407_setser/参照のこと。他方で、近時は経済安全保障という考え方が重視・拡大解釈される傾向もあり、同意なき買収への対抗概念としても使われることがある。
■15  例えば、ユーラシア・グループTOP RISKS 2025は「そしてこれが最後にはならないだろう。ひとつの政党によって前例が破られると、もう一方の政党も容易に追随する傾向がある」「トランプが米国の政治システムを壊すのではない。すでに壊れているのだ。」とする。詳細はhttps://www.eurasiagroup.net/siteFiles/Media/files/TopRisks2025JPN(1).pdf参照のこと。
■16  なお「法の支配」とは法治主義とは異なり、一定の価値観を伴った「法」による支配を指す。そこでいう法とは、人権保障・適正手続・司法権に対する尊重等を指すが、その内容は極めて規範的であると解される(詳細は、芦部信喜著『憲法 第八版』(岩波書店、2023年)14頁参照)。
■17  例えば、前掲注7(Michael Beckley)は、“The question is no longer whether the United States will go rogue but what kind of rogue it will become”と評している。

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執筆者:柴原 多

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