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コラム:<会計の世界史①>マイケル・ジャクソンに学ぶリターン思考

2024.6.27

アドバイザーとして重要なスキルでもある会計。英語と並んでグローバルな共通言語と言われ、注目を集めている学問だが、学ぼうとすると何か固い、難しいイメージがあり、取り掛かりにくい。その会計を学ぶ上で、細かいルールや理論を学ぶのではなく歴史を学ぶという観点で、筆者個人的に非常にお勧めしたい書籍があり、その書籍を参考に会計の世界史について紹介したい。
 
参考書籍:「会計の世界史」 著者:田中靖浩 日本経済新聞出版
 
※シリーズ通してお読みください。

 

 

「なぜ自分の曲を買うのに2,000万ポンドも支払うのか?」「今後稼ぐ金額を考えれば5,300万ドルでもお買い得でしょう。」

「マイケル・ジャクソンがレノン=マッカートニーの楽曲権利を5,300万ドル(当時のレートで約130億円)で買収」

1985年、筆者が生まれる前の出来事ではあるが、世界に衝撃が走ったニュースとしてよく知られている。

 

ここに至るまでは、1964年にビートルズがアメリカのテレビ番組に初めて出演し大ヒットした後、ポールとジョンはその楽曲権利を、節税のためという目的で弁護士に言われるがまま会社「ノーザンソングス」に譲渡したところから始まる。ノーザンソングスは1965年に株式公開したため、ノーザンソングスの株式を購入することがレノン=マッカートニーの楽曲権利を得るという構図になったことから、株式はたらい回しになったという。

 

15年ほど経過した1981年、ついにポールに楽曲権利を買い戻すチャンスがくる。前年1980年に亡くなったジョン・レノンの代理人オノ・ヨーコと連絡をとり、2,000万ポンド(当時のレートで約90億円)を半分ずつ支払うことで楽曲権利を買い戻すことを企画する。しかし、ヨーコは「2,000万ポンドは高すぎる。500万ポンド(当時のレートで約23億円)にしてくれ」という理由で交渉は決裂。そうしているうちにマイケル・ジャクソンがさらに高い5,300万ドルという金額で買収したのであった。

 

では、ヨーコが思う500万ポンド(当時のレートで約23億円)、マイケルが思う5,300万ドル(当時のレートで約130億円)、どちらが適切な価格なのだろうか。

 

ジョンの妻であり代理人の立場であるヨーコからすると「元々は自分(ジョン)の曲であり、それを買い戻すためになぜ2,000万ポンドも支払うのか?(むしろ500万ポンドでも支払う姿勢を見せたことが褒められるべきか)」、マイケルからすると「今後ビートルズの曲が稼ぐ金額を考えれば5,300万ドルでもお買い得」という思考になったのであろう。このヨーコの考えがコスト思考であり、マイケルの考えがリターン思考である。どちらの思考も正解ではあるかもしれないが、近年の理論ではマイケル的思考であるリターン思考が優位であるのかもしれない。

 

コスト思考を過去、リターン思考を未来とすると、元々会計という学問は過去に関しては得意な分野であったが、未来に関しては苦手であった。企業の貸借対照表をみればわかる通り、資産は原則「いくらで買ったのか?」という金額(取得原価)で記帳され、損益計算書・キャッシュフロー計算書も過去の実績が記載されているに留まる。すなわち、財務三表には「過去」しかないのである。

 

では、貸借対照表等の過去の数値を見ればその会社の価値がわかるのかというとそうではない。

M&A実務の経験者ならわかると思うが、現在のバリュエーション実務ではいわゆるコスト・アプローチが採用されることはほとんどなく、将来の利益やキャッシュフローをベースに価値を計算するDCF法に代表されるインカム・アプローチが採用されることがほとんどである。それは、事業会社でM&Aを担当されている方もバリュエーションを行う我々のようなM&Aアドバイザーも自然と「コスト思考で考える価値よりもリターン思考で考える企業価値の方が適切である」と考えているからであろう。

 

そのような思考が根付いた背景として、1960年台の工業化社会から情報化社会への産業シフトが始まったことが大きい。貸借対照表にオンバランスされる資産(不動産や機械)だけでなく、現在の産業においては優秀な人財、販売網、独自のノウハウ、ブランドなど現行の会計基準をもってしてもオンバランスされない(M&A実行後はPPAによってオンバランスされるものはあるが)資産があるため、到底、原価=時価とはいえないのである。同じころ、アメリカでは「投資家への情報提供」を目的として時価(未来)を情報開示するべきという声も強くなっていった。

 

しかし、企業の時価(未来)がいくらなのか?という問いは難しい。鑑定のとれる不動産等であれば話は別だが、企業の未来の価値を求めるのは極めて難しく、M&Aにおいてはそれが買収価格の設定につながる。つまり、M&Aとは企業の未来を丸ごと買収することなのである。先の例でいえば、マイケル・ジャクソンはビートルズの楽曲が将来5,300万ドル以上稼ぐとみていたため、5,300万ドルでの買収を決断したのだろう。

 

M&Aの実務において、それを決めるのがバリュエーション(企業価値算定)であり、我々ファイナンシャル・アドバイザーは、顧客にとってその企業がどれだけリターンを創出してくれるのか、適切に判断し買収価格の設定についてアドバイスをする役割である。

 

M&A時代といわれる昨今において、過去に注目する「会計」から、未来(リターン)に注目する「コーポレート・ファイナンス」という新領域が急速に発展した。会社を売り買いすることが当たり前になった今、会社の価値を明らかにすることがコーポレート・ファイナンスの重要な狙いであり、そのやり取りは約60年前にビートルズの楽曲権利を巡って、すでに行われていたのである。

 

このリターンに注目するコーポレート・ファイナンスの考え方は投資銀行、ファンドの活躍を支えるものになっていったのである。(続く)

 

執筆者:樺澤雄太郎

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