COLUMN コラム
事業承継とM&A
2026.9.2
近時、事業承継に関するM&Aが活発化しているといわれる。理由としては、少子高齢化社会に伴いオーナーが承継者を探そうにも周辺に担い手がいない状態であることに加え、FA及び仲介会社の活躍によりM&Aに関する認知度が上がっていることが挙げられる。(※1)

もっとも、売却を希望する売り手の案件が全て成約するかというとそうでもない。その理由は様々であるが、大別すると債務超過会社故の困難性、事業承継案件故の困難性、そして中小企業故の困難性が挙げられる(※2) 。
第一に、資産超過会社のM&Aに比べて債務超過会社のM&Aは困難であることが多い(※3)。なぜならば収益性の観点で、債務超過会社の債務を全て承継できる買い手もまた少ないからである。そのため、債務超過会社の案件においては、結果として一部の債権者に対して債権放棄を求めることが多く、それが故に軋轢が生じうる。特に金融機関のみに債権放棄を求める場合は、譲渡価格の妥当性、債権者間の公平性と関連して詐害行為取消権の問題等が生じうるし(※4)、他方で取引債権者にも債権放棄を求める場合は長年の取引先との軋轢が生じる(※5)。そのため、長いこと、仲介会社の中には債務超過会社の案件を敬遠する傾向もあったが、最近では事業再生専門の部署を設ける会社も現れつつある。
第二に、事業承継案件故の特質性としては、家族間の紛争といった色彩を帯びることが多い。本来、家族間の血の繋がりを考えると、家族間の協力は容易なように思える。これは親愛の情であったり、相互扶助や情緒的結び付きといったものが存在するからである。ところが実際には、不公平感や疎外感といった心理的要素がここに加わる(※6)。家族といえども完全に平等には扱われないため「あの時冷たくされた」「あの時あの子だけが大事にされた」という感情は親が健在なうちは抑えられてもそのバランスが壊れた瞬間、遺留分侵害請求などの形で紛争に転じる。これが事業承継案件を困難にする一つの理由でもある(※7)。

第三に、中小企業案件の場合、日常の事業運営が経営者個人の裁量による部分が大きく、その結果、会社法等の法令とのギャップが生じる。例えば、株券発行会社であるのに株券が発行されていなかったり(※8)、株主名簿が整備されていなかったり(※9)、工場周辺の権利関係、特に境界関係が曖昧であったり(※10)、問題のある取引先との関係がルーズであったりする(※11)。
このように、債務超過案件、事業承継案件、中小企業案件のいずれであっても、共通するのは解決すべき課題の多さである。そして、その課題の多さこそが案件の難しさであり、同時に専門家として付加価値を発揮できる場面でもある。重要なのは、複雑な案件を敬遠することではなく、適切な予算の下で対応できる体制を整備し、知見を組織内で共有し、不確実な状況の中でも安易に案件を忌避しないことといえる(※12)。事業承継支援や事業再生支援においては、法的知識や財務知識に加え、そのような姿勢そのものが競争力になるのではないだろうか。

執筆者:柴原 多
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下記図の引用元は、独立行政法人中小企業基盤整備機構「令和6年度に認定支援機関等が実施した事業承継・引継ぎ支援事業に関する 事業評価報告書」(2025年9月30日)。
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この3つの問題は必ずしも独立した問題ではなく、現実の案件では重複しうる点にも留意が必要である。
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例えば、東京商工リサーチ「「債務超過」が10年連続の企業は6.7% 債務超過の回数が多いほど生産性が低下」(2024年10月29日)参照のこと。
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それが故に実務の現場において中小企業活性化協議会を利用したり、中小企業版私的整理ガイドラインを利用することで軋轢を回避することが多い。
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現実には民事再生手続等の利用によって実現するケースが多いが、民事再生の認可には清算価値を超える弁済が必要であるところ、最近は当該原資が確保できず、事業譲渡+破産手続となるケースも多い。
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例えば、佐竹洋人「怨念アプローチと鎮魂アプローチ」家調協雑誌14号(1984年)73頁 は、親族相続事件における不公平感・疎外感の根深さ及びその解消方法を詳細に解説する。
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下記図は、最高裁 司法統計検索システム 家事令和7年度エクセル内、シート2、「遺産の分割に関する処分など」に関する数値(111行目)参照
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株券発行会社の場合は、株式譲渡と共に株券の交付が必要であるが(会社法128条1項本文は「株券発行会社の株式の譲渡は、当該株式に係る株券を交付しなければ、その効力を生じない。」と規定する)、そのような手続がとられていないことはまま見受けられる。
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会社法130条1項は「株式の譲渡は、その株式を取得した者の氏名又は名称及び住所を株主名簿に記載し、又は記録しなければ、株式会社その他の第三者に対抗することができない。」と規定する。なお株主名簿の問題等は中小企業庁「事業承継ガイドライン(第3版)」(2022年3月)等でも指摘されている。
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境界問題が協議により解決しない場合には、最終的に境界確定訴訟等に移行することがある。
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近時は反社会勢力との取引の問題点は広く認識されつつあるが、中小企業おいては当該取引の事前チェックを行っていないこともまま見受けられる。
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心理学の分野では「問題に対して確固たる答えを求め曖昧さを嫌う欲求」は「認知的完結欲求」と呼ばれているが、当該要求度合いが高まると、思考の硬直化が起こるとも言われる。
